大判例

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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)1204号 判決 1995年9月08日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

大錦義昭

若林正伸

関戸一考

長野真一郎

田島義久

右訴訟復代理人弁護士

川合清文

被告

右代表者法務大臣

田沢智治

右指定代理人

巌文隆

外四名

被告

大阪府

右代表者大阪府知事

山田勇

右指定代理人

毛利仁志

外七名

右訴訟代理人弁護士

稲田克巳

吉井洋一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一九四〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和二二年一二月一一日生れで、昭和四六年からうどん店、さらに、同六〇年八月からスナック「らっこ」をも経営し、昭和五一年から大阪府堺市<番地略>に居住していたものである。

2  事実経過

(一) 原告は、昭和六〇年一一月二八日、別紙記載事実の傷害容疑で大阪府黒山警察署警察官に逮捕され(以下「本件逮捕」という。)、同月二九日、大阪地方検察庁堺支部検察官の勾留請求により勾留され、勾留延長の上、同年一二月一八日、前記事実を公訴事実とする傷害罪で起訴された。

(二) 同日、弁護人は保釈請求をし、翌一九日保釈許可決定が出されたが、検察官はこれに対し準抗告を申立て、同月二一日準抗告が棄却され、原告は釈放された。

(三) 右傷害事件について、大阪地方裁判所堺支部は、昭和六三年三月二七日原告に対し、懲役一年執行猶予三年の有罪判決を言い渡したが、原告の控訴により、大阪高等裁判所は、平成三年三月二七日、一審判決を破棄し、原告に対し無罪の判決を言い渡し、同判決は同年四月一一日確定した。

3  本件傷害事件の経過と関係者の動静

(一) 昭和六〇年(以下の日付は、特に表示のない限りすべて昭和六〇年とする。)一一月一一日午前〇時一八分の少し前ころ、原告経営のスナック「らっこ」で飲食していた常連客の堀野周一(以下「堀野」という。)、和田正明(以下「和田」という。)、柳田ルミ子(後に和田と改姓、以下「ルミ子」という。)の三人連れが帰ることになり、堀野が店の外に出て無線電話で南海タクシーに対しタクシー二台を同店に回すよう依頼した。

(二) 原告は、知人の瀧頭政春(以下「瀧頭」という。)と一緒に他店の開店祝いに行っていたが、知人の北山誠治(以下「北山」という。)が「らっこ」に来ているとの連絡を受けたので、瀧頭を途中のスナック「もぐら」で降ろして、丁度、堀野が右電話をしていた時「らっこ」に戻った。

(三) 同店内には、近所のスナック「譲」の経営者眞辺幸志(以下「眞辺」という。)が知人(後に岩山親志と判明、以下「岩山」という。)を連れ、客として来ていたので、原告は、北山をスナック「もぐら」へ先に行かせ、しばらく眞辺の相手をした後、「もぐら」に赴いた。

(四) 堀野から依頼を受けたタクシー会社は、同日午前〇時一八分ころ、無線で石川運転手にスナック「らっこ」へ行くように指示した。しばらくして石川運転手が「らっこ」に着くと、和田が歌っている最中だったので、堀野は待ってもらおうと外に出たところ、タクシーが一台しか来ていなかったので、そのことで石川運転手に文句を言い、また、連れが歌っているのでちょっと待つよう頼んだが、結局そのタクシーは帰ってしまった。

(五) そこで堀野は、同日午前〇時四三分の少し前ころ、店内からタクシー会社(担当中野)に電話して、タクシーが待たずに帰ったことなどにつき大声で文句を言っていたところ、眞辺からやかましいから外へ出るように言われたので、無線電話機を持って店外へ出、同様に文句を言い、再度タクシーを二台回すよう求めた。右の電話中、岩山は堀野から電話の概略を聞き、「南海のえらいさん知っとるから言うたろう。」と無線電話機を取り上げ、店外からタクシー会社に「誰と思うてんのや、誤りに来い。」などと怒鳴りつけ、席に戻って彼に「兄ちゃん、今タクシー言っといたからもうちょっと待っとき。」と告げた。同日午前〇時四三分ころ、会社から無線でスナック「らっこ」へ行くよう指示を受けた被害者大畑俊男(以下「大畑」という。)はほどなく「らっこ」に到着し、その旨を店に伝えた。これを知らされた堀野は和田に告げ、和田が勘定を払ってルミ子と共に堀野の後から店外へ出た。なお、この三人とほぼ同時に岩山が店を出て一緒に大畑の方へ行った。この時もタクシーは大畑運転の一台だけだったので、堀野は、今度も二台頼んだのに一台しか来ていないことや、先に待たずに帰った車のことで大畑に文句を言い、その時岩山も傍に来て声をかけた。そこで大畑は無線でもう一台回すよう会社に連絡し、会社から指示を受けた石田運転のタクシーが「らっこ」に向かった。堀野は和田、ルミ子と別れて石田運転のタクシーに乗って先に帰った。

(六) その後、大畑は犯人から暴行を受け、和田の知らせにより店内から駆け付けた眞辺が犯人のそれ以上の暴行を止めたが、大畑は傷害を受けた。大畑は自己のタクシーのシートを倒し、犯人や眞辺の介抱(鼻血)を受けて少し休んだ後、和田とルミ子をラブホテル「アイリス」に送り届けた足で、所轄の黒山警察署に被害申告をした。

(七) 眞辺は、大畑の車が去った後、「らっこ」の店から出て来たママの大見希子(以下「大見」という。)に、パトカーが来ても、店外のことは知らんのやから知らんと答えるようにと告げて、岩山と一緒に自己の経営するスナック「譲」へ帰り、大見は、他の客が残っていたので営業を続けていると、黒山署から喧嘩のことで問い合わせの電話があり、同人が知らないと答えている時に、原告が北山や瀧頭と一緒に「もぐら」から戻って来たので、大見が店の前で喧嘩があり、これについて警察から照会の電話があったことなどを告げると、原告は一人で「譲」へ出向き、眞辺と岩山に会った。

(八) したがって、本件傷害事件は、原告が現場にいない時に発生したものである。

4  本件不法行為

(一) 本件逮捕の違法性

(1) 逮捕は、被逮捕者の意に反し身柄を拘束する強制処分であるから、法はその要件を厳しく制限し、「被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がある」ときにのみ逮捕状の請求が許されるとしている(刑事訴訟法一九九条参照)。

(2) ところで、警察官が逮捕状請求時に収集していた原告を被疑者と特定する証拠資料は、被害者である大畑俊男の一一月一一日付及び同月二三日付司法警察員に対する供述調書(以下「一一・一一大畑員面」、「一一・二三大畑員面」などと表記する。また、検察官に対する供述調書は、以下「検面」と表記する。)である。

① 前者の員面では、「年齢三五歳位、身長一六五センチメートル位、中肉、五分刈り、黒っぽい服装、一見会社員風」の男が犯人である(この犯人像は後者の員面でも確認されている。)との供述記載があるにもかかわらず、事件当時の原告は、年齢三七歳、身長一七〇センチメートル、短髪、白っぽく見えるセーター(中央部分に斜線があり、斜線の上の部分は濃いこげ茶色、斜線の下の部分は薄く茶色がかかったねずみ色)を着用していたのであり、大畑の言う犯人像とは異なることは明白であった。

② 後者の員面では、警察官は、大畑に原告の写真を示し、大畑は原告が犯人であるとの供述が記載されている。しかし、大畑は、殴ったと思われる男の写真を見てほしいと警察官から言われて黒山警察署に出頭し、運転免許台帳から接写した原告の顔写真(六年前撮影)一枚だけを示され、視力が新聞の字が読めないほど低下している状態の下で原告を犯人と指摘したものである。

そもそも、写真面割の正確性を担保するためには、(a)写真識別者の目撃条件が良好であること、(b)早期に行われた写真面割であること、(c)写真面割全過程が十分公正さを保持していること、特に捜査官において犯人らしき特定の者を指摘するなど、写真の性状・写真提示の方法に暗示・誘導の要素が含まれていないこと、(d)なるべく多数者の多数枚による写真が使用されていること、この場合、体格・身長を表すものが収められていれば最も望ましい、(e)呈示された写真中に必ず犯人がいるというものではない旨が識別者に告知されていること、(f)識別者に対し、後に必ず面通しを実施し、犯人の全体像に直面させた上で再度の同一性確認の事実があること、(g)以上の識別は可及的相互に独立した複数人によってなされていることが必要である(東京高裁昭和六〇年六月二六日判決)が、本件では、これらの条件が一切満たされていなかった。

(3) 右のように、本件では、警察官が原告を犯人と特定するためにした捜査は、極めて不十分、不合理であり、警察官が逮捕状請求時までに収集した証拠からは、原告が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がないのに逮捕状を請求し、原告を逮捕したものであって、本件逮捕状請求及びこれに基づく逮捕は警察官の過失に基づく違法な行為である。

(二) 本件勾留請求及び勾留延長請求の違法性

(1) 勾留も逮捕と同様、被逮捕者の意に反し身柄を拘束する強制処分であるから、法はその要件を厳しく制限し、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があるときにのみ勾留状の請求が許される。とりわけ、被疑者と犯人との同一性が争われている場合は、全く事件に関係のない第三者が起訴され冤罪となる可能性があることを考えると一層慎重でなければならず、検察官には、逮捕状請求の誤りの有無をも含め勾留請求までに収集した全証拠に基づき犯人以外の者に対する勾留請求とならないよう慎重に判断すべき注意義務がある。

(2) しかるに、検察官は、一一・一一及び一一・二三大畑員面による犯人像と原告との同一性について特に確認捜査することなく、追加資料としては一一・二八大畑員面だけで、しかも、同書面で身長が五センチメートル位違っていると大畑から事情聴取しながら何の疑問も抱かずに、原告の一一・二八否認調書を無視して勾留請求した。

(3) また、検察官は、一二月八日、それまでに原告と犯人の同一性について十分な捜査をせず、関係者からの事情聴取の結果からも原告を被疑者と特定できないのに勾留延長請求をした。

(三) 本件公訴提起及び公訴追行の違法性

(1) 検察官は、公訴提起時における各種の証拠資料を総合勘案し、合理的な判断過程により、有罪と認められる嫌疑が存在する場合にのみ公訴提起が許されるのであり、その嫌疑がなく、それがないことを知り又は知り得べくして敢えて公訴提起すれば、その公訴提起は違法である。

(2) 本件公訴提起時において、原告の嫌疑の不存在を示すとみられる証拠が多々存在する(一一・一一大畑員面、一二・二大見員面、一二・四大見員面、一二・一三大見検面、一二・三眞辺員面、一二・一三眞辺員面、一二・四堀野員面、一二・一二堀野員面、一二・一二堀野検面、一二・七ルミ子員面、一二・八和田員面、血痕鑑定書)のに比して、原告の嫌疑の存在を示すとみられる証拠は、①一一・二三大畑員面、一一・二八大畑員面、一二・七大畑員面、一二・一一大畑員面、一二・九大畑検面、②一二・一二和田員面、一二・一二和田検面及び③原告の自白調書だけであった。

(3) ところで、

① 大畑の右各供述調書は、前記のとおり、犯人識別供述としては全く信用がおけないものであったが、検察官はこれを過信した。

② また、和田の一二・一二員面、一二・一二検面は、同人の原告は犯人ではないとする一二・八員面が変更されたものであるが、これは、原告は犯人であるとの予断を抱いていた中村検事又はその指示により強要されて作成されたものであり、中村検事は、「堀野が無線電話を持って店の外に出た。その時堀野と一緒に誰か出たような気がするがはっきりしません。」との不自然・不可解な記載とか、「タクシーに乗り込んだ直後に気がつくと『らっこ』のマスターが運転席の傍に来ておりました。『らっこ』のマスターがどこからその場にやって来たのか分かりません。私もそれまで店内でも、店の前でも『らっこ』のマスターの存在に気付いていなかったのです。」との統一性・円滑さを欠いた不自然な記載を含むもので信用性がないことを看過し、さらに、その供述の変遷の理由として、実は全くなかった「口裏工作」(原告が犯人であるが岩山を犯人にすること)があったことの供述記載をしながら、その「口裏工作」の存否についての裏付け捜査をしなかった。

③ 原告の自白調書は、否認・自白・否認・自白と変転したものである上、不自然・不合理な記載や客観的事実に反する記載を含んでおり、いささかの注意を払えば、調書自体からもその信用性に疑いが生ずるものであったが、検察官はその評価を誤ったばかりか、中村検事は、一二・一四原告検面で、アリバイについて、「当日の晩は『もぐら』に行っていない。」と虚偽の供述を強要した。

(4) 以上のとおり、検察官は、虚偽の供述を強要し、嫌疑の存在を示すとみられる証拠には合理的な疑いがある上、当然なすべき捜査を故意又は過失により怠り、その結果、収集した証拠の評価を誤り、経験則上肯首しえない程度に不合理な心証を形成し、有罪判決を得る見込みがないのに公訴を提起したものであるから、その公訴提起は違法である。

(5) また、検察官は、公訴提起後に、原告と犯人との同一性を立証する新たな証拠の収集をしていないのであるから、右検察官の公訴追行は、故意又は過失に基づく違法なものである。

5  損害

(一) 本件傷害事件の弁護人費用

一四〇万円

原告は、大錦弁護士に対し、前記刑事裁判の第一審、第二審着手金として各二〇万円を支払い、無罪判決確定後、報酬として一〇〇万円を支払った。

(二) 慰謝料 一五〇〇万円

原告は、本件傷害事件において、二四日間逮捕勾留された上、本件公訴の提起・追行により、平成三年四月一一日本件無罪判決が確定するまで五年半もの間、被告人の地位に置かれたことにより、原告の営業(うどん店及びスナック)に支障を来たしたほか、社会的信用を著しく傷つけられ、その精神的苦痛ははかり知れないものであった。

(三) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は、本件傷害事件における違法な公権力の行使による損害の賠償を求めるために本訴を提起することを余儀なくされた。

6  被告らの責任

(一) 被告大阪府の責任

本件不法行為のうち、違法な本件逮捕及び本件捜査は、警察官が被告大阪府の公権力の行使にあたり職務行為として行ったものであるから、被告大阪府は国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し、右損害につき賠償する責任がある。

(二) 被告国

本件不法行為のうち、違法な勾留・捜査・起訴及び公訴追行は、検察官が国の公権力の行使にあたり職務行為として行ったものであるから、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し、右損害につき賠償する責任がある。

(三) なお、本件傷害事件は、原告の訴追を目的とした担当警察官と検察官との相互の連絡協議のもと、一体となった有機的組織体として捜査が続行され、その結果として収集された証拠により公訴が提起され追行されたものであり、警察官及び検察官の行った前記各行為は、主観的・客観的に関連共同しているから、被告大阪府及び被告国は、原告に対し、連帯して右損害を賠償する責任がある。

7  よって、原告は被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、連帯して、前記損害金一九四〇万円及びこれに対する本件逮捕の執行日である昭和六〇年一一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国の認否

(一) 請求原因1は認める。

(二) 請求原因2も認める。

(三) 請求原因3の(一)ないし(七)は、本件傷害事件の控訴審判決に基づくものであるが、同判決は、請求原因3(三)記載の「……『もぐら』に赴いた」と判示した後に、「(しかし、『もぐら』へ赴いた時間は詳らかでない。)」と追記しており、同判決は、本件傷害事件は原告が「もぐら」に赴いた後に発生したものであると積極的に認定しているものではない。また、同判決は控訴審の弁論終結時における証拠関係に基づき右認定をしたものであって、右の証拠関係は勾留請求や公訴提起等の時点における証拠関係とは異なっており、原告が本件傷害事件より後に「もぐら」に赴いたと認めるべき証拠も存在する。

(四)(1) 請求原因4(二)(1)については、勾留請求は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があることが要件とされており、検察官が勾留請求に当たりそれまでに収集された全証拠に基づき右要件の有無について判断しなければならないことは認めるが、その余は争う。

請求原因4(二)(2)は争う。検察官は、勾留請求に当たり、それまでに収集された全証拠に基づき、原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると判断したものである。

請求原因4(二)(3)も争う。検察官は、勾留延長請求に当たり、それまでに収集された全証拠に基づき、原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると判断したものである。

(2) 請求原因4(三)(1)は認める。

請求原因4(三)(2)のうち、前段は争い、後段は認める。

大見及び堀野は、犯行を直接目撃しているわけではなく、岩山が犯人であると示唆する根拠は伝聞によるものであり、また、事件直前の原告の行動に関する供述があいまいであることからすると、原告をかばった供述であって信用できないと考えることには合理的根拠がある。また、ルミ子は、岩山が犯人であるかのように言う当初の供述を後に撤回しているし、写真面割の結果を見ると、犯人を見ていないと認められる。また、眞辺は、犯人は「らっこ」に連れて行った男であると供述しながらその男の名前は知らないとするなど、真実の供述を回避しようとしていることが窺われ、直ちに信用できるものではない。さらに和田は、後に供述を変更し、原告が犯人であると供述し、さらに、岩山を犯人に仕立て上げる口裏合せがあったことまで供述しているところ、和田と原告との関係に照らすと、原告を無実の罪に陥れるような事情は認められないから、犯人が原告であるとする和田の供述は信用し得るものであり、これと異なる当初の供述は口裏合せによるものであって信用できないと判断することには合理的根拠がある。そして、大見、堀野、眞辺らによって犯人であることが示唆された岩山も、眞辺から原告の身代わり犯人になるように指示を受けた旨供述しているのであって、大見、堀野ら関係者の間で、原告をかばうための口止め若しくは口裏合せ等の画策がなされたと疑うことには合理的根拠があった。

また、血痕鑑定については、血液が体外へ流出する原因となるのは鼻血であるが、犯行態様、傷害の程度等からして、必ずしも犯人の着衣に血痕が付着する状況ではなかったと考えられる。

請求原因4(三)(3)①は争う。

請求原因4(三)(3)②については、和田の一二・一二員面、一二・一二検面における供述は、一二・八員面における供述が変更されたものであり、一二・一二検面に原告主張の記載があることは認めるが、その余は争う。

請求原因4(三)(3)③については、原告の供述が否認、自白、否認、自白と変転したこと、原告が一二・一四検面で本件当日の晩は「もぐら」に行っていないと供述していることは認めるが、その余は争う。原告の自白内容は具体的かつ詳細であり、当該事実を体験した者でなければ語り得ないものと評価でき、供述の変遷理由についても具体的かつ合理的な説明がなされていることなどからすると、原告の自白は信用できると認めるべき合理的根拠があった。

請求原因4(三)(4)は争う。本件公訴提起時において、それまでに収集された全証拠を総合すると、原告について、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑が存在したことは明らかである。

請求原因4(三)(5)も争う。本件公判において、原告は三たび否認に転じ、和田も捜査段階における供述を翻したが、これらの者の公判供述は、その捜査段階における各供述に照らし直ちに信用できるものではないし、被害者大畑は捜査段階における供述を公判においても維持しており、他に原告が犯人でないと認めるべき新証拠が公判に提出されたわけでもないことなどからすると、本件公判の全体を通じ、その都度存在する証拠関係に照らし、原告について、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑が存在したことは明らかである。

一般に、逮捕・勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りは適法であり、公訴の提起・追行は、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りる。そして、検察官等の右公訴提起等が国家賠償法上違法であるというためには、検察官等の右判断が、証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができない程度に達していることが必要である。原告の主張は、その都度収集されていた証拠関係を合理的に判断、評価した結果とは到底言い難く、最終的な有罪か無罪かという結果のみにとらわれた一方的な非難といわざるを得ない。

また、原告は、岩山が犯人であることを知りながら、当初は隠していたものであり、しかもその後、否認から自白に転じるなど、捜査を攪乱するかのような言動を自ら取っていたのであるから、原告の主張は信義則上も失当である。

(五) 請求原因5(一)は不知ないし争う。

請求原因5(二)のうち、原告が本件傷害事件により二四日間身体を拘束されたこと、同事件につき平成三年四月一一日無罪判決が確定したことは認め、その余は不知ないし争う。

請求原因5(三)は不知ないし争う。

(六) 請求原因6(二)及び(三)は争う。

2  被告大阪府の認否

(一) 請求原因1は認める。ただし、原告主張の住所地に居住するようになった時期及びうどん店を経営するようになった時期は知らない。

(二) 請求原因2は認める。ただし、保釈請求日は「一二月一九日」、保釈許可決定日は「翌二〇日」である。

(三) 請求原因3の事実は、概ね刑事第二審判決の認定どおりのものであるが、原告が本件当時、スナック「らっこ」からスナック「もぐら」に赴いた時間については、右判決においても「詳らかでない」旨の括弧書きが記されているところである。(八)の「したがって、本件傷害事件は、原告が現場にいない時間に発生したものである。」との主張は争う。

(四) 請求原因4(一)(1)は認める。

請求原因4(一)(2)前文は認める。

請求原因4(一)(2)①の前段は認め、後段は争う。

請求原因4(一)(2)②については、一一・二三大畑員面で、警察官が大畑に原告の写真を示し、大畑が「原告が犯人である」との供述をしている点は認めるが、「しかし、……原告を犯人と指摘したのである。」の部分は否認する。本件写真面割が東京高裁昭和六〇年六月二六日判決の示した基準を一切満たしていないとの点は争う。被疑者の特定となった写真面割については、短期間(四日間)に二度にわたって被害者による面割を実施し、そのうち、原告の写真については、容疑者の特定というよりは、むしろ、原告が犯行当時現場にいたかどうかを確認するために示したところ、被害者が原告を犯人と申し立てたものであり、その過程からして、決して捜査官の暗示や誘導によるものではなく、被害者の明確な自信を持った特定であった。

請求原因4(一)(3)は争う。警察官は、被害者の供述から原告が本件傷害の罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると判断し、裁判官の逮捕状の発付を得て原告を逮捕したものであって、右判断は相当であり、本件逮捕手続に違法性は認められない。

(五) 請求原因5は争う。

(六) 請求原因6(一)は争う。

請求原因6(三)については、刑事訴訟法に定められた司法警察職員と検察官の各権限及び相互の関係についての正当な理解を欠いた見解であって、原告の主張するような本件事実関係にあっては、警察官の検察官への事件送致後になした捜査をもって共同不法行為が成立するいわれはない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告の請求原因1の事実は、居住の時期及びうどん店経営の時期を除き、当事者間に争いがなく(ちなみに、乙一一、原告本人によれば、居住の時期は原告主張のとおりであり、うどん店経営するようになった時期は昭和四八年ころと認められる。)、また、請求原因2の事実も、保釈請求日、保釈許可決定日を除き、当事者間に争いがない(なお、甲三、甲四及び弁論の全趣旨によれば、保釈請求日は一二月一九日、保釈許可決定日は同月二〇日である。)。

請求原因3(一)ないし(八)(本件傷害事件の経過と関係者の動静)は、(八)の本件傷害事件は原告が現場にいない時に発生したものであるとの点を除き、概ね控訴審判決の認定に基づくものであることについて、当事者間に争いがない。なお、証拠(甲一)によれば、右控訴審判決は、「原告が『もぐら』に赴いた時間は詳らかでない」と判示していることが認められる。

二  本件の中心的争点は、①警察官のした本件逮捕は違法であるか、②検察官のした本件勾留請求、勾留延長請求及び公訴提起・追行はいずれも違法であるか、である。

ところで、逮捕・勾留は、その時点において犯罪の嫌疑について相当の理由があり、かつ、必要性が認められる限りは適法であり、また、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解される。したがって、無罪の判決が確定したというだけで直ちに逮捕・勾留、公訴の提起・追行が違法となるわけではない(最高裁昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。

そして、警察官のした逮捕、検察官のした勾留、公訴の提起・追行が国家賠償法上違法であるというためには、警察官又は検察官がした判断が、証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても、なおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして、到底その合理性を肯定することができない程度に達していることが必要であると解するのが相当である。以下、右の各点について検討を加える。

三  本件逮捕の違法性(請求原因4(一))について

1  証拠(甲六、甲七、乙三五ないし三八、丙一ないし六、証人西山勝彦)及び弁論の全趣旨によれば、本件逮捕に至るまでの捜査経過及び証拠関係は、以下のとおりである。

(一)  一一月一一日午前一時三〇分ころ、被害者の大畑が大阪府黒山警察署を訪れて被害申告し、医師の治療を受けた後、診断書を持って再度来署し、同日中に同署刑事課の西山巡査部長(以下「西山」という。)に対して概ね次のとおり供述した。

「一一月一一日午前〇時四三分ころ、勤務先の南海タクシー株式会社から無線でスナック『らっこ』に向かうよう指示があったので、約二分後に右『らっこ』に行き、来店を告げて店外で客待ちをしていると、間もなく店の中から男三人、女一人が出てきて、そのうちのアベックの男女が車に乗り込んだ。この時、アベックと一緒に店から出て来ていた年齢三五歳位、身長一六五センチメートル位、中肉、五分刈り、黒っぽい服装、一見会社員風の男が、運転席横に来るなり、『アイリスへ行け。』と言い、続けて『メーターを入れるな。』と言うので、『そんなことは出来ません。』と断ると、『何、俺の言うことが聞けんのか。中野と話はついとるのや。』と怒鳴りつけた。しかし、なおも断ると、いきなりその男に後襟首を掴まれて車外へ引きずり出され、続いて腹部を三回、顔面を一回足蹴りされ、さらに手拳で顔面を三回殴打されたところを『らっこ』のマスターが来て制止してくれた。」

なお、同日午前一時四五分ころ、同署刑事課員が事件について「らっこ」に電話したところ、ママの大見は、店の外だったので全く知らないと答えた。

また、黒山署は、同日、南海タクシー株式会社(以下「南海タクシー」という。)の中野から、犯行現場に対するタクシー配車状況を示す無線業務日誌を入手した。

(二)  右傷害事件の担当となった西山は、聞き込み捜査を行う一方、同月一五日、大見に犯人について電話で照会したところ、大見は事件当日同様、誰がやったのかは知らないなどと答えるのみで、手掛かりは得られなかった。そこで西山は、同月一八日、大見を同署に出頭させ、犯人の人相着衣や事件の状況を告げた上、事情聴取したところ、大見は、当日タクシーを呼んだのは堀野という男で、アベックの男女と計三人で来ていたが、犯人という三五歳位の男については全く知らないし、経営者である原告は事件当時は店にいなかったなどと述べるに止まり、概して捜査に非協力的であった。

(三)  西山は、周辺地域に住む粗暴癖のある男二名の写真を入手し、同月一九日、大畑に対し、他の男の顔写真と混合して合計一〇枚位の写真を示したところ、大畑は、この写真の中には犯人はいないと述べた。

(四)  西山は、犯人が犯行直前大畑に対し、「アイリスへ行け。」と言っていることから、犯人は店の関係者の可能性もあると考え、また、大畑は店のマスターに暴行を止めてもらった旨申立てていることから、マスターが経営者の原告と同一人物であればその者が犯行を目撃しているはずであると思い、同署保管の風俗営業許可台帳から原告の住所・氏名・年齢を割り出し、同人につき聞き込みを実施したところ、極道とつながりがあるとの風評があった。そこで、西山は、昭和五七年一一月一八日交付の運転免許証の台帳から原告の顔写真を接写し、一一月二三日、大畑に対し、殴ったと思われる男の写真を見て欲しいと言って同署に呼び出し、原告の右写真一枚を示したところ、大畑は、「まぎれもなく私をこんな目に遭わせた男に間違いありません。髪の毛は写真ほど長くはありませんが、決して見間違えることなどありません。メーターを入れるなと言われた時、眉毛と目つきをグッとにらみつけましたので、決して忘れません。」などと述べた(なお、証人西山は、一一・二三大畑員面の「本日は、私を殴ったと思われる者の写真を見て欲しいと刑事さんが言われ、…」との記載につき、調書上はこのように書いたが、実際は、先に写真を示すと、この男が犯人だと言ったのである旨証言するが、不自然であり、たやすく採用できない。)。

なお、原告には犯歴等一切ないことが判明していた。

(五)  一方、西山は、南海タクシーの中野から事情聴取を行い、事件当日、大畑を「らっこ」に行かせる直前に、「らっこ」から、四〇歳位の男の声で、「先程の運転手は勝手に帰りやがった。お前、どんな指導しとんや。」、「先程の運転手を連れて誤りに来い。」などと苦情の電話があったことが判明し、同月二五日付で中野の供述調書を作成した。

なお、大畑及び中野の供述、前記無線業務日誌を総合すると、犯行時刻は一一月一一日午前〇時四五分ころと推定された。

(六)  以上の経過により、西山は、原告が犯人であると確信し、同月二七日、大阪地方裁判所堺支部に対し、一一・一一大畑員面、一一・二三大畑員面(面割調書)、被疑者割出経過報告書、身上照会結果復命書、個人照会結果復命書、所在捜査復命書を疎明資料として通常逮捕状を請求し、同日、逮捕状の発付を得て、これに基づき、同月二八日、原告を逮捕した。

2  ところで、通常逮捕の要件の一つである被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由とは、特定の犯罪の嫌疑を肯定できる客観的・合理的な根拠があることをいうと解されるが、捜査の流動性、迅速性、密行性等に鑑みれば、必要とされる嫌疑の程度は、有罪判決に要求されるほど高度のものである必要はなく、勾留や公訴提起の際に要求されるものよりもなお低いもので足りると解される。

本件においてこれをみるに、前記認定のとおり、犯人は、犯行直前に被害者に対し「アイリスに行け。」と和田らの行き先を告げているところをみると、犯人は店の関係者である可能性もあるところ、原告は店の経営者であること、原告は極道とのつながりがあるとの風評もあったこと、行き先等について犯人と問答し、犯人の顔を見たという被害者大畑自身が被疑者である原告の写真を見て、犯人はこの男に間違いないと断言したというのであるから、本件逮捕状請求及び逮捕の時点では、少なくとも右の意味での嫌疑があったものというべきである。

なお、原告は、「大畑に対する一一月二三日の写真面割は、捜査官から犯人と思われる男の写真を見て欲しいとの誘導暗示があったこと、写真を一枚だけ見せられていること、その写真は六年前の古いものであったこと、大畑の当時の視力が新聞の字が読めない程低下していたこと等の点において極めて不適切であり、これに基づく本件逮捕は違法である。」旨主張する。

確かに、犯人特定のための写真面割においては、原告が請求原因4(一)(2)②で主張する(a)ないし(e)の諸条件を具備することが望ましいところ、本件写真面割は、前記認定のとおり、西山が、殴ったと思われる男の写真を見て欲しいと言って大畑を呼び出し、その写真を一枚だけ見せたというのであるから、程度の問題はさておき原告の主張する誘導暗示があったことは否定できず、この意味で適切さを欠いていたことは否定できない。しかし、これをもって直ちに本件写真面割の結果が信用できないものと断定する必然性はなく、前記のとおり、大畑は、犯人の目撃状況を含め自信を持ってこの写真の男が犯人であると断言しており、大畑の供述によれば、大畑は、当時、車の窓越しに犯人と相対して押し問答をし、以後、犯人から暴行を受け、車でその場を離れるまで相当の時間にわたり犯人を身近に観察し、被害の状況を詳細に供述していたことが認められ、また、証拠(甲六)によれば、大畑は、右写真面割当時、目の縁が相当腫れていたものと認められるが、新聞の字が読めない程であったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、仮にそうであったとしても、そのことを捜査官に申告した事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、西山が、右写真面割の結果、原告につき通常逮捕に必要とされる程度の嫌疑の存在を認めたことは他にも原告が犯人ではないかと推測させる事情があったことをも考慮すると、決して不合理なものとは言えず、したがって、原告の右主張は採用することができない。

四  本件勾留請求の違法性(請求原因4(二))について

1  証拠(乙一、乙一一、証人西山、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の逮捕から勾留請求に至るまでの捜査経過及び証拠関係は、以下のとおりである。

(一)  原告は、逮捕された一一月二八日、警察署での弁解録取に際して犯行を否認し、続いて、概ね次のとおり供述した。

「一一月一〇日、知人の瀧頭とともに午後一一時半ころまで堺市のスナックで飲み、その後、知人の北山を迎え瀧頭とともに車で『らっこ』に向かう途中、『もぐら』で瀧頭を降ろし、翌日午前〇時ころ、北山を『らっこ』から『もぐら』に連れて行き、そこで午前二時ころまで三人で飲んでいた。」

(二)  西山は、一一月二八日、大畑を署に呼び出し、写真の男が原告だと告げた上、「この男を捕まえたので直かに確認して欲しい。」と言って、取調室に在室中の原告との面通しを行ったところ、大畑は、「犯人はこの男に絶対間違いない。『ラッコ』前は店の灯や防犯灯などもあり、割と明るい所なので、決して忘れない。背丈が五センチメートル位違っているが、他のところは間違いない。」などと供述したので、西山は、同日付で大畑の供述調書を作成した。

(三)  原告は、検察官送致後の弁解録取に際しても、犯行を否認した。

(四)  原告は、同月二九日、検察官の勾留請求により勾留された。

2  ところで、勾留理由の一つである罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由とは、特定の犯罪の嫌疑を肯定できる客観的・合理的な根拠があることをいうと解されるが、必要とされる嫌疑の程度は、有罪判決に要求されるほど高度のものである必要はなく、公訴提起の際に要求されるものよりもなお低いもので足りると解される。

本件についてこれをみるに、検察官は、前記理由三1(一)ないし(五)及び同四1(一)ないし(三)の捜査経過及び証拠関係に基づき、原告に右の意味での嫌疑があると判断し、勾留請求したものであって、検察官の右判断は一応合理的であるということができる。

なお、原告は、「前記面通しは捜査官からの誘導暗示があり、かつ、その際、大畑は、身長が五センチメートル位違っていると供述していたのであるから、これらの点を看過してなされた本件勾留請求は違法である。」旨主張する。

確かに、前記認定事実によると、面通しに際して捜査官から暗示誘導があった面は否定し得ないが、反面、大畑は、右面通しの際、「らっこ」の前は照明の関係で割と明るかったとか、身長以外の点は間違いないとも供述しており、また、五センチメートル位の身長差は通常あり得る認識の誤差の範囲内と言えなくもないこと、原告の否認供述以外に原告が犯人でないことを窺わせる積極的な証拠がなかったことなどに照らすと、検察官の前記判断は、証拠評価について通常考えられる個人差の域を出るものとは認め難く、また、経験則に照らし合理性を是認することができないというものでもない。よって、原告の右主張は採用することができない。

五  本件勾留延長請求の違法性(請求原因4(二))について

1  証拠(甲一二、甲一三、乙二、乙一二ないし一五、乙二二、乙二八、乙三三、乙三五、乙三六、乙三九、乙四二、乙四七、乙四八、乙五八、乙五九、証人中村雄次、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の勾留から勾留延長請求に至るまでの捜査経過及び証拠関係は、次のとおりである。

(一)  西山が、一二月六日午後六時一五分から四八分まで、犯行現場の照明関係について現場を見分をしたところ、「らっこ」近くの道路沿い二か所に水銀灯が設置され、付近に看板灯などもあったので、見分時は雨天であったにもかかわらず、人の顔などは十分に見えた。

黒山署は同月七日、富田林土木事務所道路維持係に右二か所の水銀灯について照会したところ、犯行現場に近い方が四〇〇ワット、少し離れた方が一三五ワットで、それぞれ広い範囲を照らすよう工夫されたものであった。

(二)  西山は、一二月七日、大畑を取り調べ、次の内容の一二・七大畑員面を作成した。

「犯人は原告に間違いない。暴行時に犯人の袖をしっかり掴んだところ、犯人は混紡のセーターを着ており、決してジャンパーや背広ではなかった。犯行時には、道路に設置された水銀灯の明かりの下、犯人と三〇センチメートルないし一メートルの距離で相対しており、酒も飲んでいなかった。」

なお、この時、岩山を含めた合計六枚の写真(原告は除外)を大畑に示して面割を行ったころ、この中には犯人はおらず、岩山の写真についても、こんなに面長ではないと述べた。

(三)  西山及び阿多副検事は、大見、眞辺、堀野、ルミ子、北山、清元らを取り調べ、一二・二大見員面、一二・四大見検面、一二・三眞辺員面、一二・四堀野員面、一二・四清元員面、一二・五北山員面、一二・七ルミ子員面を各作成した。

これらの供述内容は、概ね原告の請求原因3(一)ないし(七)の事実(本件傷害事件の経過)に符合するものであった。なお、(1)大見は、岩山の人相着衣につき、三五、六歳位、身長一六五センチメートル位、中肉かやや細身、刈り上げ、短髪、七・三分け、背広姿かどうかはっきりしないが、パリッとした服装で革靴を履いていたこと、犯行後店の外に出ると、眞辺から「この男(岩山)がどづいた。店の外の出来事だから、警察が来たら知らんと言っといたらええ。」と言われたこと、犯行時刻には原告は店にいなかったこと、直接見てはいないが犯人は岩山と思うこと、原告は事件当日の午前一時半ころ「らっこ」に戻って来たことなどを供述し、(2)眞辺は、岩山の人相着衣につき、三〇歳位、身長一六五センチメートル位、七・三分け、やせ型、面長、ジャンパー、ネクタイ姿、一見会社員風であったこと、犯人は岩山であって、犯行時刻には原告は店にいなかったことなどを供述し、(3)堀野は、岩山の人相着衣につき、三八歳位、身長一六五センチメートル位、がっちりした体格、面長、オールバック、短めの頭髪、紺のジャンパーを着ていたこと、和田からの話によると犯人は岩山と思うこと、犯行時、原告が店に来ていたかどうか記憶にないこと、事件当日、帰宅した後眞辺から電話があり、事件のことを黙っておくように言われたことなどを供述し、(4)ルミ子は、岩山の人相着衣につき、四〇歳位、小柄、黒っぽいジャンパーを着ていたこと、岩山と運転手との間でメーターの件で押し問答があり、その後、岩山が犯行に及んだこと、原告と岩山を含め合計六枚の写真を示したところ、この中には犯人はいないことなどを供述し、(5)北山は、原告は、事件当日の午前〇時三〇分ころ「もぐら」に来て、瀧頭と三人で同日午前一時二〇分ころまで飲んでいたこと、その時原告はセーターを着ていたが色は覚えていないことを供述し、(6)清元は、事件当日の午前〇時ころ、原告、北山及び瀧頭の三人が「もぐら」に来たことを供述した。

(四)  一方、原告は、逮捕直後は否認していたものの、その後自白に転じ、一二・二、一二・三、一二・四付原告の各員面(自白調書)が作成された。その供述内容を総合すると、概ね次のとおりである。

「一一月一一日午前〇時ころまで『もぐら』で北山、瀧頭と三人で飲み、その後『らっこ』に戻ると、眞辺、堀野、和田、ルミ子が来ていた。約二〇分後、堀野が電話で大声でタクシーを呼んでいたが、到着したタクシーが直ぐに帰ったらしく、堀野が再び電話で大声で文句を言っていたところ、眞辺から、うるさいから外で電話するよう注意されたので、堀野は外で何か文句を言っていた。数分後、堀野が店に入って来て、眞辺に『メーター立てたまま走れるよう中野と話がついた。』と言い、その後、眞辺から『和田がホテルに行きたいと言っている。運転手に、中野に話がついているからメーターをそのままにして走れ、と言ってくれ。』と小声で言われた。眞辺がやくざの関係者とのうわさがあって逆らえず、また、酒の勢いもあったので、これを了解した。その間堀野は一人で帰ったらしい。一一月一一日午前〇時四五分ころ、タクシーが到着したので、和田、ルミ子と共に外に出たところ、和田から『アイリスへ行きたい。』と言われた。和田とルミ子が乗り込んだ後、運転手に『メーターを入れるな。この二人、アイリスへ連れて行け。』と言うと、運転手は『そんなことできるか。』と言って左肩を右手で軽く突いてきたので、腹が立ち、『何、俺の言うことが聞けんのか。中野に話ついとんや。』と怒鳴って運転手の襟首を掴んで車外に引きずり出し、続いて運転手の腹部を三回、顔面を一回足蹴りし、手拳で三回位顔面を殴ったところを眞辺から制止された。その後、タクシーがアイリスに向かった後、その場でタクシーを拾って眞辺と共に『譲』に行き、そこで眞辺から『店の外のことだから黙っておいたら分からん。』と言われた。『譲』で同日午前二時ころまで飲んだ後、『らっこ』に帰ると、警察から電話があったことが判ったので、大見に黙っておくよう口止めし、何日か後、堀野に対しても『眞辺も関係していることだし、俺のことも黙っといてくれ。』と口止めした。当日の服装は、あずき色と茶色の混ざったセーター、茶色のズボン、茶色の靴だった。」

(五)  阿多副検事は、一二月五日、原告に、岩山が犯人であることを示唆する供述をしていた大見を説得させようと、検察庁の取調室で原告と大見を対質させたところ、大見は「従業員一同皆心配している。やってもいないことをやったと嘘をついて他人の罪をかぶらないで欲しい。何でそんなに眞辺に義理立てするのか。」などと言って泣き叫んだので、原告は、阿多副検事に対し再び犯行を否認する旨申し立て、一二・五原告員面(否認調書)が作成された。その内容は概ね次のとおりである。

「一一月一〇日午後一一時半ころ、『らっこ』に戻ると、堀野、和田、ルミ子の他に眞辺が岩山を連れて来ていたので、大見の案内により車の中で寝ていた北山を先に『もぐら』に行かせ、二〇分位眞辺の相手をし、その後『もぐら』に行き、翌日午前一時三〇分ころ『らっこ』に帰った。すると、丁度大見が警察からの電話を受けており、電話の後、大見から『店の前でタクシーの運転手が殴られた。犯人は岩山で、眞辺と一緒に帰った。』と聞き、直ちに一人で『譲』に行くと、眞辺と岩山(三五、六歳、身長一六五センチメートル、やせ型、面長、背広姿)がおり、眞辺から事件の経過を簡単に聞いた。そして眞辺から『誰も分からんはずやから、黙っといてくれ。わしも止めた時に服に血が着いたから、今、着替えたところや。大見にもあんじょう言っとってくれ。』と言われた。また、眞辺は『こいつ(岩山)が殴ったんや。』と言い、岩山も『わしがどづいたんや。黙っといたら分からん。』と言っていた。約三〇分後『らっこ』に帰り、大見に黙っておくよう口止めし、後日、堀野に対しても、『眞辺から言われているので黙っといてくれ。和田にも言っといてくれ。』と口止めした。」

なお、原告が再度否認に転じた段階で、大阪地方検察庁堺支部長検事は、阿多副検事の右のやり方につき「下手なことをしたもんだ。」と言って、同日、主任検事を中村検事に交替するよう指示した。この段階で、阿多副検事は、原告が犯人であるかどうかについて半信半疑の状態であったが、中村検事は、背後で何か罪証隠滅的な動きがあると感じ、周辺の関係者の取調べにより証拠固めをする方針を立てた。

(六)  右の経過を経て、検察官は勾留延長請求を行い、一二月八日、勾留延長決定がなされた。

2  ところで、前記大見、眞辺、堀野、ルミ子、北山の各供述は、大筋において一致しており、原告の否認供述と符合する点も少なくない。しかもその内容は相当具体的かつ詳細であって、いずれも犯人は岩山であることを示唆しており(眞辺、ルミ子は断言している。)、また、北山、清元の供述及び原告の否認供述を総合すると、原告は犯行推定時刻には「もぐら」にいたことになって、原告にアリバイが成立することになる。しかしながら、①大見、堀野は犯行を直接目撃しているわけではなく、また、ルミ子は、原告と岩山の写真を見せられていずれも犯人ではないと供述していること、②堀野の事件直前の原告に関する供述はあいまいであること、大見は原告の経営するスナックのママとして原告とは親しい間柄にあって、当初、捜査に非協力的態度を取っていたこと、②大見、堀野、原告の供述によれば、関係者の間で口止めなど、何らかの罪証隠滅工作がなされた可能性があり、眞辺が右罪証隠滅工作の中心的存在であったことが認められ、これらの事情に照らすと、少なくともこの段階では大見らの右各供述は必ずしも全面的には信用し得るものではなかったといえる。

そして、大畑の一二月七日の供述及び写真面割の結果、犯行現場付近の照明に関する捜査結果、原告の自白調書の存在等に鑑みると、勾留延長請求の時点において、原告の嫌疑が消滅したものとは到底認められず、引き続き原告を勾留するに足りるだけの嫌疑があったものと認めるのが相当である。

ところで、勾留延長は、事件の複雑困難あるいは証拠収集の遅延もしくは困難等により、勾留期間を延長してさらに取り調べするのでなければ起訴・不起訴の決定をすることが困難な場合に許されるものと解されるところ、本件では、真相解明のため、目撃者の和田や犯人ではないかとの疑いの出ていた岩山の取調べ、前記罪証隠滅工作の有無やその実態、原告のアリバイ等につき、さらに捜査を尽くす必要があったことは明らかである。

よって、本件勾留延長請求は違法とはいえず、原告の「検察官は、一二月八日までに、原告と犯人の同一性について十分な捜査をせず、関係者からの事情聴取の結果からも原告を被疑者と特定できないのに勾留延長請求をした。」旨の主張は理由がない。

六  本件起訴の違法性(請求原因4(三))について

1  証拠(乙三ないし一〇、乙一六ないし二一、乙二三ないし二七、乙二九ないし三二、乙三四、乙三七、乙三八、乙四〇、乙四一、乙四三、乙四四ないし四六、乙四六、乙四九、乙五〇、乙五五ないし五七)及び弁論の全趣旨によれば、原告の勾留延長から起訴に至るまでの捜査経過及び証拠関係は、次のとおりである。

(一)  黒山署の矢内巡査は、一二月一二日付で「南海タクシー無線業務日誌のコピー入手について」と題する報告書を作成したが、これによると、一一月一一日午前〇時一五分ころ、「らっこ」からタクシーの依頼があり、同日午前〇時一八分ころ、石川運転手に配車の指示を出したが、同運転手は、堀野とのトラブルにより空車で帰ったこと、同日午前〇時四三分ころ、大畑に配車の指示を出し、その後、大畑の要求により石田運転手に配車の指示を出し、さらに、同日午前〇時五八分ころ、大畑の再度の要求により、石田運転手に配車の指示を出した。

(二)  黒山署は、一二月九日、原告の自宅を捜索し、事件当時原告が着用していたとみられるセーター、ズボン、革靴を差し押え、翌一〇日、大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所に対し、血痕付着の有無等について鑑定嘱託したところ、血痕の付着は見られない旨の鑑定結果を得た。

(三)  黒山署は、一二月一五日、大畑の立会いのもとに犯行現場の実況見分を行い、日没後の午後六時半前後の小雪のちらつく中で犯行現場の照度を見分して、人相、着衣等十分に確認、識別できる明るさであることを確認した。また、大阪管区気象台に犯行時刻の天候を照会し、曇りであったことも確認した。さらに黒山署は、同月一七日午後六時一〇分から四五分まで、原告を立会人として犯行現場の実況見分を行ったが、曇り空の下、約一メートルの距離で相手の顔が十分確認できた。

(四)  阿多副検事は、一二月八日、検察庁で大畑に対し、同庁職員三人に原告を含めた合計四人を並ばせて面通しを行ったところ、大畑は原告が犯人に間違いないと述べた。ただし、その時の原告の服装は、一一月二八日に警察で面通しを受けた時と全く同じトレーニング用の体操服と草履であった。

阿多副検事は、翌日、次の内容の一二・九大畑検面を作成した(これまでの供述と重複する部分は省略。以下同じ。)。

「…『らっこ』に着くと、まず堀野が出て来て、先のタクシーがすぐ帰ったことに文句を言ったので、これに応じていたところ、和田をルミ子が出て来た。そして堀野がタクシーをもう一台要求したので、その旨を基地に連絡し、堀野は二、三分後到着したもう一台のタクシーに乗って帰った。その直後に犯人が出て来て、丁度和田とルミ子が乗り込んだ時、運転席側に来てメーターのことで言い合いになったが、その際、犯人は『俺を誰と思っとんじゃ。』とも言っていた。…犯人に車から引きずり出された後、三、四メートル西方の空き地内に引っ張って行かれ、そこで殴る蹴るの暴行を受けた。」

また、黒山署は、同月一一日、大畑に対し、参考人として取調べ中の岩山の面通しを行ったところ、犯人ではないし、現場でも見ていないと述べた(一二・一一大畑員面)。

(五)  西山や中村検事らは、岩山、和田、堀野、大見、眞辺、ルミ子ら多数の関係者の取調べを行い、次のとおりの供述を得た。

(1) 岩山は、①一二・一一員面で、「自分は犯人ではないし、犯人が誰であるかも知らない。事件当日、眞辺と『らっこ』に飲みに行っていた。…そのうち、堀野が大声で電話をしていたので、電話を取り上げ、何か話した記憶がある。何回も電話をし、長い時間もめていた。堀野、和田、ルミ子が店を出て行ってしばらくして外に出ると、運転手は既に殴られており、血を流して車に乗っていた。その場所には眞辺(一足先に店を出たか一緒に出たか、はっきりしない。)、運転手、和田、ルミ子が居ただけで、犯人がその場に居たかどうか分からない。その時、眞辺がその場に居た者に『みんな、知らんと言ってくれ。』と言った。その後、眞辺を車に乗せて『譲』に向かい、眞辺から、もし警察沙汰になれば自分が身代わり犯人になるように言われ、『はい。』と答えた。眞辺と共に『譲』にいると、原告が来て、眞辺と何か話しており、自分には『黙っていてくれ。』と言った。原告が犯行当時に店に居たかどうかはっきりしない。原告が逮捕された日かその翌日、眞辺から電話で『お前がやったようにしろ。』と言われた。眞辺とは五、六年前に『譲』に飲みに行って知り合った。」と述べ、②一二・一一検面では、「自分は無実である。『らっこ』で眞辺と飲んでいると、原告が入って来て眞辺と挨拶を交わしていた。そのころから、堀野がタクシーの件で電話で大声で怒鳴り散らしていたので、事情を聞いたところ、要領を得なかった。堀野に代わって電話に出たような気もするが、はっきりしない。南海タクシーの人に顔が利くということは全くない。そのうちタクシーが来たので堀野が出て行き、続いて堀野と一緒に出て行った人がいるかも知れないが、気づかなかった。ふと気がつくと、眞辺がいないので外に出ると、タクシーが一台止まっており、近くに眞辺が立っていた。タクシーの周りに他にも人が居たような気がするがはっきりしない。タクシーの中には血を流した運転手とアベックの男女がいた。…原告が店から出て行く姿を見ていないので、原告はこの時、『らっこ』にいたとは思うが、店の中か犯行現場のどちらに居たかは分からない。タクシーの傍で原告を見た記憶はない。車で眞辺と共に『譲』に戻ると、原告がやって来て、眞辺とヒソヒソ話をしていたが、その内容は分からない。『譲』を出る時、眞辺から、何も知らないことにしておくように言われ、『わかった。』と返事した。原告が逮捕された後、眞辺から再度、警察から聞かれたら何も知らないことにしておくように言われた。一二月三日か四日ころ、眞辺から、『このままやったら、原告は店を閉めないかん。お前やったら何もない。実は、周囲の者がみんな警察に犯人はお前やと言っている。罰金で済むはずやから、お前が犯人ということで警察に出てくれ。』と言われ、本当に罰金で済むのかどうか確かめたかったので、弁護士に相談してみると答えた。この時、眞辺の態度などから犯人は原告に間違いないと思った。同月七日、以前世話になった三好弁護士に連絡をつけようとしたが、電話番号が分からず、連絡できなかった。」と述べた。

(2) 和田は、①一二・八員面で、勾留延長請求前の大見、眞辺、堀野、ルミ子の各供述と概ね一致する供述をしたほか、最初のタクシーは堀野が電話してから二〇分位後に来たこと、岩山が原告を車から引きずり出した後、暗い所に連れて行き、殴る蹴るの暴行に及んだこと、原告と岩山を含めた合計六枚の写真を示されると、岩山の写真が犯人に似ているが髪の毛の感じが違うなどと供述したが、②一二・一二員面では、「犯人が岩山であるというのは嘘で、本当は原告である。…事件当日午前二時か三時ころ、堀野から電話で、『マスターから電話があって、事件のことは誰にも言うなということだった。だから、誰にも話すな。』と言われた。同日午後八時ころ、堀野のマンションを訪れた時も、堀野から同じことを言われた。電話をしてきたマスターが、『らっこ』のマスターか『譲』のマスターかは聞いていない。一一月末ころ、大見から、原告が警察に捕まったが、警察から呼び出しがあっても、原告がタクシー運転手を殴って怪我をさせたということを言わないようにと口止めされた。…」と述べ、③一二・一二検面では、「犯人は原告であって、岩山が犯人であるというのは作り話である。…眞辺から注意されて堀野が外に出て行った時、一緒に誰か出たように思うが、はっきりしない。タクシーが着いたので、堀野の後に続いてルミ子と共に外に出ると、タクシーの運転席のドアの傍に運転手、堀野及び岩山の三人が立っていた。堀野が後に到着したタクシーで帰った後、ルミ子と共にタクシーに乗り込むと、原告が運転席の傍に来ていたことに気がついた。原告がどこからその場に来たのか分からない。それまで店内でも店の前でも原告の存在に気づいていなかった。原告は、運転手に『メーターを入れるな。』と怒鳴り、運転手がこれに従わないと見るや、いきなり犯行に及んだ。…一一月一一日午前二時か三時ころ、堀野から電話で、『マスターが電話で、事件のことは誰にも言ったらあかんと言ってきた。』と言われた。同日の晩、堀野のマンションに行くと、堀野が『マスターから電話があって、警察から聞かれたら、年齢三五歳位、身長一六五センチメートル位、細身で髪を七・三に分け、黒ジャンパーに黒ズボンを着た男が犯人だと言ってくれということだ。眞辺の連れの岩山を犯人にするらしい。』と言った。マスターとは、『らっこ』のマスターか『譲』のマスターか聞いていない。一一月終わりころ、大見から電話で『原告が警察に捕まった。警察から呼び出しがあった時は頼むわな。』と言われたが、原告を助けるために嘘をつけとは言われていない。何日か後、大錦弁護士に電話で『原告は犯人ではない。犯人は岩山だ。』と言って、にせの犯人岩山の特徴を告げた。」と述べた。

(3) 堀野は、①一二・一二員面で、「『らっこ』の外で電話でタクシーを呼んでいた最中に、セーターのようなものを着た原告が『らっこ』の店内に歩いて入って行った。…(最初に呼んだ)タクシーはなかなか来なかった。…タクシーに乗って帰る時、…原告と眞辺はまだ店の中にいた。…帰宅して約二〇分後、眞辺から電話があり、『警察から聞かれても知らんと言いいや。和田にも、聞かれても知らんと言うように言っとけ。』と言われたので、当日の晩、和田に対し、眞辺から事件のことは知らない振りをしておくように和田に言うよう頼まれたことを伝えると、和田は、『岩山が運転手をどづいた。』などと言っていた。」と述べ、②一二・一二検面では、「…電話してから一〇分足らずでタクシーが来たが、直ぐに帰ったので、店の中から電話で文句を言っていたところ、大見から注意されたので外に出て更に文句を言った。中に入ると眞辺から『どないしたんや。』と聞かれたので、事情を説明したところ、岩山からも事情を聞かれたので、さらに説明すると、岩山は『南海の偉いさん知っとるから言うたろう。』と言って外に出た。二、三分後、外を見ると、岩山が電話で『誰と思うてんのや。誤りに来い。』と怒鳴りつけていた。…二、三分後、タクシーが来た。…タクシーに乗って帰りかけるころ、もう一台のタクシーの傍に和田とルミ子がいた。タクシーに乗るまでの間、原告が店から出て行ったところは見ていない。…『らっこ』の前で南海タクシーに電話をしている時、原告が『らっこ』に入って行ったことは間違いない。」と述べた。

(4) 大見は、①一二・一三員面で、「一一月一〇日午後一一時半ころ、原告が『らっこ』に帰り、車の中で原告を待っていた北山としばらく立ち話をした後、二人でどこかに行った。原告は、翌日午前二時ころ『譲』から帰ってきたが、この間、店に出入りしたかどうかは覚えていない。原告は黒っぽいセーター、替えズボン、靴を履いていた。店内には岩山も居たが、全体的に黒っぽいパリッとした服装だった。…堀野が注意されて外に出て行ったころは、和田や岩山も出たり入ったりしていたが、外でどうなっているのか知らなかった。しばらくして外に出てみると、堀野がタクシー運転手に向かって大声で文句を言っていた。…その時、堀野の周りに何人かいたが、誰だか覚えていない。…一一月一八日に警察から呼び出しを受ける何日か前に眞辺に電話したところ、眞辺から『現場見てへんのやろ。知らんと言うとったらええ。』と言われ、同月二〇日ころ、原告、堀野、瀧頭らが店に集まった時、『警察でも知らんで通してきた。みんな、知らん顔しとかなあかんわ。』と言った。」と述べ、②一二・一八検面では、「一一月一〇日、原告が『らっこ』に帰った後、北山と二人で出て行ったのか、北山と分かれて店に入ったのか、はっきりしない。その後、堀野とタクシー会社との間にトラブルがあったり、岩山が自分がタクシー会社に電話してやるなどと言って外に出て行ったことがあったが、その間、原告が店にいたかどうかについてもはっきりしない。当日の原告はセーターのような物を着ていたが、色は覚えていない。髪は短めでパーマをかけ、髪全体を後に撫でたオールバックの感じだった。…堀野、和田、北山、瀧頭らと犯人を隠すとかいう話をしたことはない。」と述べた。

(5) 眞辺は、一二・一三員面で、「岩山とは『譲』の客として知り合い、事件当日まで名前も住所も知らなかった。…岩山の暴行を制止した後、大見が外に出て来たので、『岩山がどづいた。』などと言って、一一月一一日午前一時ころ、岩山の車で『譲』に戻った。そのうち、原告がやって来て事情を尋ねるので、岩山に聞くよう促すと、原告と岩山はしきりに話し合っていたが、内容は聞いていない。その時、自分は血に染まった服を着替えている最中だった。原告が帰った後、堀野に電話をし、『お前がいらんことで喧嘩するもんやからえらいことになってしもた。』などと文句を言ってやった。犯人は岩山である。」と述べた。

(6) ルミ子は、①一二・一三員面で、「…堀野が大声で電話をしていたが、声が大きいため店の外に出て行き、直ぐ後を眞辺の連れ(四〇歳位、小柄、一七〇センチメートル以下、黒っぽい服装)も出て行った。その後すぐに堀野と眞辺の連れが入って来た。…堀野が乗ったタクシーを見送った後、もう一台のタクシーに和田と共に乗り込んだ時、いつ店から出て来たのかはっきりしないが、犯人(小柄、一七〇センチメートル以下、中肉、黒っぽい服装)が運転席の傍に来ており、メーターのことで運転手とやりとりをした後、犯行に及んだ。…原告と岩山の写真については全く記憶にない。」と述べ、②一二・一四検面では、「…一一月一〇日、『らっこ』に行くと、眞辺と連れの男(四〇歳位、黒ジャンパー、一七〇センチメートル位)が入って来た。…堀野が最初タクシー会社に電話している時、原告(顔や着衣は覚えていないが、身長一七〇センチメートル位)が店に入って来た。その後、原告がどうしていたのか分からない。……(最初の)タクシーが直ぐに帰ったので、堀野が電話で文句を言った後、堀野と眞辺の連れの男が何か話をし、連れの男が『俺が言うたろ。』と言って、堀野と二人で外に出た。…タクシーが着いたので、堀野の後について和田と自分が出、堀野が後から来たタクシーに乗って帰った後、もう一台のタクシーに和田と共に乗り込むと、その時、犯人(黒っぽい上着を着ていたが、背広とかジャンパーではなく、身長一七〇センチメートル位)が店の中から出て来て運転席の傍に行き、メーターのことで運転手と言い合った後、犯行に及んだ。…犯人の顔はよく見ていないので分からない。」と述べた。

(7) 瀧頭は、①一二・九員面では、「一一月一一日午前〇時すぎ、『もぐら』の前の信号に着き、入店してから一五分か二〇分後に原告と北山が一緒に入店して来た。」と述べ、②一二・一四瀧頭員面では、「一一月一一日午前一時よりは何十分か前、どちらかと言えば午前〇時半ころに近い時刻に『もぐら』に入店し、一〇分から一五分後に原告、北山及び瀧頭の三人が揃い、午前一時ころには三人が『もぐら』にいた。事件当日、原告経営のうどん屋に行き、事件直後、大見かホステスから『タクシー運転手が殴られた。犯人は岩山だ。』と聞いていたことから、原告と『犯人は岩山らしい。』と話し、大見からも『たぶん岩山が犯人や。』と聞いた。一、二日後に『譲』に行った時も、眞辺から『岩山がやった。』と聞いた。」と述べ、③一二・一八検面では、「事件当日の午前〇時半ころ、『もぐら』の前に着き、入店後一四、五分後に北山が来た。その後14.5分経った午前一時ころ時計を見たが、その時には原告がいた。事件当日の晩、『らっこ』に行き、原告から『岩山が運転手を殴った。』と聞いた。」と述べた。

(8) 北山は、①一二・一六員面で、「…一一月一一日午前〇時二〇分ころ、原告から先に『もぐら』に行くように言われ、五分位車で待った後、〇時半ころ『もぐら』に着いた。それから約三〇分後、つまり午前一時ころ、原告が『もぐら』に来た。何日か後、大見から犯人は岩山と聞かされた。」と述べ、②一二・一七検面では、「事件当日、原告が車の所に来て先に『もぐら』に行くように言い、午前〇時半前ころ『らっこ』の中に戻った。そこで四、五分待った後、『もぐら』に行った。それから約二〇分後、つまり午前〇時五〇分ころ、原告が『もぐら』に来た。原告が逮捕されて二、三日後、大見から『岩山が犯人だ。』と聞いた。」と述べた。

(9) 清元は、①一二・一二員面で、「一一月一一日午前〇時五〇分ころ、原告、瀧頭、北山の三人が『もぐら』に入って来た。」と述べ、②一二・一六検面では、「一一月一一日午前〇時半ころ瀧頭が『もぐら』に来、一四、五分遅れて北山が、さらに一四、五分遅れて、すなわち午前一時ころ原告が来た。」と述べた。

(10) 酒井は、一二・一四員面で、「一一月一一日、原告、瀧頭、北山の三人が揃って『もぐら』に来たかどうか覚えていないが、三人とも揃っているのを見た最初の記憶は、ほぼ閉店時間の午前一時ころだ。」と述べた。

(11) 谷は、一二・一八検面で、「原告が逮捕された翌日、大見から、犯人は岩山だが、原告が違えられて逮捕されたと聞いた。事件当日の岩山は、身長一六五、六センチメートル位、髪を7.3に分け、パーマはしておらず、黒っぽい上着を着ていたが、それが背広かジャンパーかブレザーだったか記憶にない。」と述べた。

(六)  原告は、①一二・一二員面で引き続き犯行を否認し、「一一月一〇日午後一一時半ころ(定かではない)、『らっこ』に着くと、堀野が店の外で電話をしていた。…眞辺と一五分から二〇分位話した後、翌日午前〇時すぎころ『もぐら』に向かった。堀野が店内で大声を出していたことは知らない。…自分の身長は一七〇センチメートルである。…」と述べ、岩山の写真を示すと、この男が眞辺の連れの男で犯人に間違いないと述べたが、その後再度自白に転じ、②一二・一四検面では、「『らっこ』に入る時、堀野が店の外で電話で文句を言っていた。店内には眞辺が岩山と共に来ていたので、北山を先に『もぐら』に行かせ、眞辺と飲んだ。…堀野が大声で電話していた。…タクシーが来たころ、堀野が眞辺に耳打ちした後、眞辺から『タクシー会社と話がついて、ただで運転させることになったので、頼んでくれ。』と言われた。…堀野、和田、ルミ子と共に外に出た。店に出た後、岩山の姿は見ていない。…運転手に対し、『会社と話がついとるから、メーターを入れずに行け。』などと言った。…『わしを誰だと思っているのか。わしの言うことが聞けんのか。』と言ったかどうか覚えていない。…運転手の態度に腹が立ち、胸ぐらのあたりを掴んで車外に引っ張り出したが、その時、運転手の肘が当たったので、一層腹が立ち、殴る蹴るの暴行を加え、その後もうどん屋の方へ引きずりながら暴行を加えた。…タクシーが去った後、流しのタクシーを拾い、眞辺と共に『譲』に行ったが、その時岩山が一緒だったか否か覚えていない。『譲』で眞辺に相談したところ、『いざというときは岩山を犯人にしたらよい。』と言われた。岩山も『譲』に来ていたが、どういう方法で来ていたか思い出せない。岩山に対しては何も言っていない。…」と述べ、③一二・一四員面では、「事件当日午前〇時一八分ころ、『らっこ』に戻ると、堀野が電話中だった。…堀野が注意されて外に出た時、岩山も一緒に出たかどうかはっきりしない。しばらくして、堀野が入って来て、眞辺に耳打ちし、眞辺から『会社に話をつけたから、運転手にただで乗せるよう言ってくれ。』と言われた。しばらくしてタクシーが来たので、堀野が出て行き、その後、和田、ルミ子と共に店を出たが、この時、岩山が出て来た記憶はない。堀野は既に帰った後だったらしく、その場所にはいなかった。和田らが堀野の乗ったタクシーを見送ったという記憶もない。…運転手に対し『メーターを入れるな。』と言った。…『俺の言うことが聞けんのか。』、『俺を誰だと思ってんのか。』、『中野と話がついとんのや。』と言ったかどうか覚えていないが、あるいは言ったかも知れない。但し、『中野』という名前は記憶にない。…運転手を引きずり出し、車の横で数回足蹴りし、さらに四、五メートル西方の薄暗いところに引きずって数回殴打しているうちに眞辺に制止されて我に帰り、逃げようと思って眞辺には何も言わず車に乗り、午前一時ころ『もぐら』に着いた。…午前一時四〇分ころ『もぐら』を出て『らっこ』に着くと、丁度大見が警察からの電話を受けていたところで、電話の後、大見は「警察から喧嘩の件で電話があった。犯人は岩山と違うか。』と言ったので、『自分がやった。』などとは言えず、『譲』に行ってくると言って『譲』に向かった。『譲』には眞辺と岩山がおり、眞辺から『黙っておけ。』と言われ、岩山から『俺がやったようにしとけ。』と言われた。……その後、『らっこ』に戻り、大見に『警察に聞かれても、一見の客ということにして分からんと言ってくれ。』と口止めした。」と述べ、④一二・一五員面では、「…運転手を殴った後、午前一時前ころ、車に乗って『もぐら』に行った。犯行直後、店から大見が出て来たかどうか全く知らないし、岩山が店から出て来たかどうかも知らない。また、大見と眞辺が店の前で話したのは見ていない。…『譲』に行くと、岩山から『俺が犯人ということにしたらいい。』と言われ、眞辺から『いざという時は岩山が殴ったことにすればよい。』と言われた。一一月一五日、堀野に対し、『眞辺は、犯人は一見の客ということにしといてくれと言っていた。和田にもこのように言っておいてくれ。』と言い、大見が警察から事情聴取を受けた一一月一八日から二、三日後、再び堀野に対し、『眞辺が言ったように、犯人は一見の客と言ったらいい。見てないんだから、いらんことを言わんと黙っといたらいいんや。』と口止めした。一一月二四日か二五日ころ、大見らと『譲』に行ったところ、眞辺は『見てないんだから黙っとれ。もし犯人を聞かれたら岩山と言えばいい。』と言っていた。」と述べ、⑤一二・一六員面では、「…事件当日、眞辺に『会社と話がついた。ただで走るように言ってくれ。』と頼まれた。…その時、被害者の大畑が鼻血を出していたことは知らなかった。衣服や手に血がついていなかったところを見ると、血は出ていなかったものと思う。…眞辺や岩山自身にも岩山を犯人にしたらいいと言われていた。」と述べ、⑥一二・一七検面では、「…事件当日、『らっこ』で眞辺と三〇分から四〇分位飲んだ。…堀野から眞辺、眞辺から自分へ『タクシー会社と話がついて、タクシーをただで動かせることになった。運転手にその旨言ってくれ。』との話があった。…『らっこ』から『もぐら』に向かったのは午前一時前だが、その時、大見や岩山の姿は見ていない。…『らっこ』に帰ると、警察から電話があったことが分かったので、善後策を協議するため、『譲』に行き、眞辺から『一見の客だから知らんと言って、とことん追及されたら岩山を犯人ということにしたらええ。』と言われ、岩山からも『わしが犯人やということにしといたらええ。』と言われた。」と述べた。

(七)  検察官は、昭和六〇年一二月一八日、原告を傷害罪で起訴した。

2  ところで、前記のとおり、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の成否につき審判を求める意思表示に他ならないのであるから、起訴時における検察官の心証は、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解される。

そこで、本件起訴時において、原告に右の嫌疑があったと認められるかどうかにつき、判断する。

(一)  原告を犯人とする供述の存在

(1) 大畑の犯人識別供述について

被害者である大畑は、面通しの機会をも含めて一貫して原告が犯人であると断言し、岩山の面通しを行った時も岩山は犯人でないと明言していること、大畑は、自分の目の前で犯人の姿、顔を見ているところ、実況見分の結果では、犯行当時の現場は、人相・着衣について識別が可能な明るさがあったこと、写真面割の方法は適切さを欠くものといえるが、誘導暗示によりその結果が信用できないものと断定するほどのものではなかったことなどの各事実関係からすると、右の犯人識別に関する大畑の供述は、本件では重要な証拠であったといえる。

もっとも、大畑の供述では、犯人は黒っぽい服を着た一見会社員風の男であるとしていたので、原告の着衣や風体と一致するかどうかの問題があったこと、他に原告が犯人でない旨の供述をしている人物がいたこと、また、大畑が最初に原告の写真を見たときは、原告一枚だけの写真を見せられたにすぎなかったことなどからすると、かかる大畑の犯人識別供述のみを過大に評価することは適当でなく、他の証拠と照らし合わせて、右供述の信用性につきなお検討する余地があったと考えられる。

(2) 原告を犯人とする和田の供述について

和田は、一二・八和田員面で、「犯行現場にいて犯人を見ている。犯人は眞辺の連れの男であって原告ではない。」と供述していたが、一二・一二検面では、一転して、「犯人は原告である。『らっこ』のマスターの顔は知っているから間違いない。以前に、眞辺の連れの男が犯人であると話したが、それは、原告が逮捕された後で、堀野から『警察に聞かれたらそのように答えてほしい。』との電話があったからである。」旨供述し、原告が犯人であると断定した。

ところで、証拠(甲八)によれば、和田自身、検察官の取調べの中で、検察官から、決めつけるような言い方はされていないし、脅されるようなこともなかった旨証言していること、和田は本件傷害事件を間近で目撃していた最重要証人の一人でもあることからすると、和田の右供述は、原告に嫌疑があることを裏付けるものとして極めて重要なものであったといえる。しかし、供述が変遷していることに鑑み、なお、その信用性について検討する必要があったと考えられる。

(3) 原告の自白について

起訴前における原告の供述は、結論において、否認、自白、否認、自白と変遷しているが、二回目の自白への変遷は、中村検事が、一二月一四日に、和田の右供述の変遷をもとにして原告を取り調べた結果である。原告は、右検察官の取調状況に関し、「検事から『甲野、正直に言ってみ。もう最後まで来たで。この辺でぼちぼち責任とったらどうや。このままで行ったら拘置所で正月も過ごさなあかんで。お前も商売人なら責任をとれ。〔中略〕被害者に払う金はあるんやろ。被害者とは三〇万円位で話がつくのとちがうか。』などと言われた。私は、その位の金額で済むのなら、刑務所に入れられるより、商売のこと、従業員のことを考えれば、ふと、そういう気持ちになって、供述を変えたのです。(甲一三―原告の陳述書)」、「『責任とるか、とらんか』ということで、私が、ふっとうなずくと、検事さんからいろんな行動について質問されました。でも、私、目の前が真っ暗で、ぼうっとしてあんまりよく覚えてないんです(甲一二―原告の供述)」などと説明するが、右の各自白調書の内容は、犯行時及び犯行前後の店内外の状況、犯行に至る経緯、犯行直前の被害者とのやり取り、自己の心理状況、更には犯行後の隠蔽工作などが、具体的かつ詳細に述べられており、内容的には、原告が自己の体験を述べたものが少なくないと認められ、起訴時においては、相当の信用性があったものといえる。

もっとも、原告の供述内容が大きく変遷していることからみて、直ちに右自白を信用することができないことはいうまでもなく、右自白の信用性について検討する必要があり、特に、原告が犯人だとした場合に、犯行に至るまでの経緯になお不明確な部分があり、それに関連して、原告と眞辺及び堀野らとの関係、南海タクシーの中野副所長との知己の有無などに関する事実がどのようなものであったかについても明らかにする必要があったことは否定できない。

(4) 以上のように、大畑及び和田の各供述並びに原告の自白については、その信用性についてなお検討する必要があったことは否定できないが、本件起訴時には、被害者の大畑、犯人とされた原告及び目撃者の一人である和田が、そろって、原告が犯人である旨の供述をしていたことは紛れもない事実である。

(二)  したがって、問題は、右の各供述の信用性の有無にあり、とりわけ、前判示の証拠関係の中には、原告のアリバイが問題となるような内容のものが含まれており、さらに、原告は犯人でないとして、別の者を指して犯人であるとまで供述するものも含まれていたから、これらの点の検討は欠かすことができないものであったといえる。

(1) 原告のアリバイについて

原告は、当初一一・二八原告員面で、「『らっこ』には北山を迎えに来た。『らっこ』を午前〇時ころに出て、北山と一緒に『もぐら』に行き、二時ころまで『もぐら』で飲んでいた。」と供述し、アリバイを主張していたが、一二・二原告員面では、「北山を連れて『もぐら』に行ったのは午後一一時三〇分ころで、午前〇時ころには、瀧頭、北山とともに、『らっこ』の店に戻ってきていた。店内には、眞辺、堀野、アベックがいた。」などと供述して、アリバイの主張を撤回していたところ、一二・一二原告員面では、「『らっこ』から『もぐら』に行ったのは午前〇時過ぎで、『もぐら』を出たのは午前一時三〇分ころであった。」旨供述して、再びアリバイを主張したが、一二・一四原告検面では、「そもそもその日『もぐら』に行っていない。」と供述を全面的に改めてしまった。

右の点について、捜査機関は、各関係者から事情を聴取するなどの努力をしているが、関係者の供述は全体としてあいまいで、内容的にも区々で捕らえ所がなく、充分な証拠を収集することができなかった。

(2) 岩山を犯人とする供述について

前記認定のとおり、一二・二及び一二・四大見員面、一二・三眞辺員面、一二・四堀野員面、一二・七ルミ子員面、一二・八和田員面の各供述調書は、いずれも、犯人が岩山(もしくは眞辺が『らっこ』に連れてきた男性客)であること示唆もしくは断言しているものである。このうち、大見及び堀野の各供述は、犯人が眞辺の連れの客である旨の話を聞いているという程度のものにすぎないが、眞辺及びルミ子の供述は、いずれも自ら目撃したことに基づく供述であって、慎重な検討を要するものであった。

しかるに、ルミ子は、一二・一三ルミ子員面、一二・一四ルミ子検面になると、途端に、「犯人が誰か覚えていない。」「犯人の顔はよく見ていなかったので、犯人が誰か分からない。」と供述するようになり、しかも、供述を変えた理由についても、合理的な説明をしないままであった。また、証拠(甲四、乙九)によれば、眞辺も、鞭打ちで入院していると称して、捜査機関からの任意出頭要請に応ぜず、結局、眞辺に対するその後の取調べは行われないままであったことが認められる。

(3) 関係者の罪証隠滅工作について

前記認定の各供述内容から見て、事件直後から、本件の関係者間で、罪証隠滅工作が行われた疑いが濃厚であった。

例えば、大見は、捜査に協力的な態度でなかったが、それでも一二・二大見員面では「眞辺から、『警察が来ても店の外のことで知らんと言え』と言われた。」旨供述しているし、他にも、一二・三原告員面、一二・四原告員面では「自分は、大見に『黙っていてくれ』、また、堀野にも『俺のこと黙っておいてくれ。和田正明にも口止めしておいてくれ。』と頼んだ。旨、一二・四堀野員面では「事件後、眞辺から電話があって『黙っとけよ』と言われた。」旨、一二・一一岩山員面及び同岩山検面では「事件後、現場で、眞辺から『皆、知らんと言え』と言われ、さらに、原告が逮捕後に、眞辺から電話があって『お前が身代わりになれ。罰金で済むはずや。警察にお前が犯人と言っているんや。出てくれ。』と言われ、承知した。」旨、一二・一二和田員面では「堀野から『事件のことは黙っているように』と言われた。原告の逮捕後、大見からも『よろしく頼む』と電話があった。」旨、一二・一二和田検面でも「原告の逮捕後、堀野からの電話で『マスターからの電話で、警察に聞かれたら、犯人を三五才位、細身、7.3分け、黒ジャンパーと答えるように』と言われた。」旨の各供述があるところからすると、誰と誰が、何時、どのような内容の謀議を行ったのかまでを逐一特定することは困難であるが、関係者間で、証拠隠滅のための工作が行われたことは否定することができない。

(4) 以上のような捜査状況に照らすと、原告にアリバイがあるとか、原告以外の者が犯人であるという前記関係者の供述が、関係者間の罪証隠滅工作の結果であると疑う余地も相当程度あったということができ、検察官が、関係者の供述を右のように疑って、これらを排斥し、原告が犯人であるとする大畑及び和田の各供述や原告の自白を信用するとの決断をしたことも理解できないところではない。

(三)  ちなみに、本件各証拠によれば、公訴提起後においても基本的な状況に変化は見られないところ、前記のとおり、大阪地方裁判所堺支部は、本件傷害事件に関し、原告に有罪判決を言い渡したが、その中でも、当然に各供述の信用性についての比較・検討がされ、「大畑及び和田の各供述、原告の自白は信用性が認められる」旨判示されている。その控訴審の大阪高等裁判所は、本件傷害事件に関し、原告に無罪の判決を言い渡したが、その中でも、各供述の信用性についての比較・検討がされ、その結果、「大畑の犯人識別供述に相当の信を置くことができるとも考えられるが、なお、犯人像の供述、被告人(原告)が犯人だと特定する端緒に問題があって、多分に疑問を挟む余地がある。」「和田の供述も、その信用性は肯定でき、被告人を犯人とする有力な証拠とも考えられる。しかし、曖昧な部分や明確な事実ともそぐわない部分もあるので、疑問を抱かざるを得ない。」「被告人の自白も、相当程度その信用性を肯定できるとも考えられる。しかし、不自然な部分や、変遷する部分があったり、他の供述とそぐわない部分も見られるし、犯行の動機は疑問を挟む余地があり、自白の信用性にも問題が残る。」との心証に到達し、「原判決の挙示する証拠によっては犯人と被告人との同一性を認定することは困難であり、被告人を本件の犯人と認定するについては合理的な疑いが残る。」との理由で無罪の判決が言い渡されたものである。

3  以上によれば、担当検察官としては、前判示のとおり、大畑の犯人識別供述の正確性、関係者の証言の正確性、罪証隠滅工作の解明、犯行の動機の解明、南海タクシーの中野副所長との知己関係などの点で、より慎重な捜査を行う余地があったことは否定できないが、前記認定の証拠関係及び捜査状況の下では、検察官に通常要求される捜査を遂げたものというべきであって、それ以上の捜査をしなかったことをもって過誤があるとはいえず、また、検察官が、右のような証拠関係及び捜査状況の下において、原告が犯人でないとする関係者の各供述よりも、原告が犯人であるとする被害者(大畑)、目撃者の一人(和田)の各供述及び原告の自白を信用することができると考え、本件傷害事件を起訴し、公判を維持すると判断したことをもって、証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても、なおかつ行き過ぎであるとか、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができないという程度に達していて有罪判決を期待できる合理的な根拠がないとまではいうことができない。したがって、検察官の本件刑事事件の公訴提起、追行が、国家賠償法一条一項にいう「違法な行為」に当たるということはできない。

七  結論

以上の次第で、原告の本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷種臣 裁判官上原裕之 裁判官次田和明)

別紙原告は、大阪府南河内郡狭山町ぐみの木一七番地所在のスナック「らっこ」の経営者であるが、昭和六〇年一一月一一日午前〇時五〇分ころ、右「らっこ」の西側空地において、同店の客和田正明ほか一名をタクシーの後部座席に乗せて発進しようとしていた同車の運転手大畑敏男(当四八年)に対し、「メーターを入れんとこの二人をアイリスに連れていけ。」などと怒号して、右和田ほか一名を近くのラブホテル「アイリス」まで無料で運ぶよう要求し、右大畑がこれを拒否するや、やにわに同人の襟首を手でつかんで右タクシーの運転席から同人を車外に引きずり出し、同人の腹部等を四回足蹴にし、手拳でその顔面を三回殴打するなどの暴行を加え、よって、同人に対し、加療約一か月間を要する右側腹部打撲傷、鼻骨骨折、鼻出血、顔面打撲皮下出血の傷害を負わせた。

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